force against >>反乱

反乱

反乱(はんらん)とは、国家の支配者に対して被支配層が徒党を組み、組織的な暴力的、破壊的、示威的行動によって何らかの不満を表明し、その不満の原因解決を迫り、あるいは被支配層みずからの手で不満の原因を解決しようとする行為。日本語では乱(らん)という語のみでも同様の事柄を指す。英語ではRebellion、Insurgency、Uprisingなどの類義語となる。

また、国家的規模でなくとも、軍隊の構成員や船の乗組員などが共謀して公然と上官等の権威に対抗する場合も反乱という。この場合の反乱には英語ではMutinyの語が充てられる。

問題とは時に被支配層へのある種の弾圧であったり、貧困が原因の食糧不足であったり、非政治的で、比較的原始的なものである。こうした一時的あるいは慢性的な問題を、被支配層が選挙やデモ、請願などの平和的主張によって訴えることができ、支配者がその訴えを受け止める国家ならば、反乱は発生しづらい。あるいは、支配者が有能であり、被支配層の生活を考慮して善政を行う場合も、反乱が起きる可能性は低いと言える。

逆に、被支配層から支配者への訴えを権利として認めない国家、訴えを弾圧する国家、あるいは平和的手段によって訴える事はできるが、支配者が常にそれを黙殺するような状態の国家、深刻すぎて平和的に訴える次元を過ぎたような問題のある国家では、反乱の可能性は高まる。

現代における例を挙げるなら、中華人民共和国は、共産党の政治腐敗による搾取、農村地帯と都市のあまりもの貧富の差などが原因で、小規模な農民反乱が各地で起こっている。1989年の第二次天安門事件で、学生による非暴力的デモ行為を反乱として軍事力を用いて鎮圧したことは記憶に新しい。前述の「反乱が起こる可能性の高いの国家」に該当すると言えるだろう。

言い換えれば反乱とは、被支配層による、支配者への究極の意思表示方法であると考えられるが、支配者側から見れば重犯罪であり、鎮圧されれば生命の保証はなく、後がない状態であることを承知の上で被支配層が反乱を起こすと言う事態は、それだけで支配者と被支配層の完全な没交渉状態を表しており、その国家運営が部分的に破綻していることの現れだと言うことができる。

歴史的に、選挙・請願・デモなどの平和的主張が被支配層の「権利」として認められるのは、民主政が定着し始めた19世紀から20世紀を待たねばならず、それ以前の帝政・王政が主流の世界では、被支配層には支配者を批判したり、不満を表明する手段がなく、またその権利を自覚していなかったため、幸運が有能な支配者をもたらさない限り、被支配層は支配者に対する不満を蓄積し続け、結果として反乱を起こす可能性が非常に高い時代だったと言えるだろう。(wikipedia参照)